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 ロシアの大方の男性たちが「美人」と評価する女性の写真を、私達日本人男性が見たらCGのようであまりにも不自然に思え「どこが美人なの?」と首をかしげることになるでしょう。

 できるだけ自然の状態で飾らない写真を好む日本人と異なり、「どこまで当人から離れられるか?」と挑んでいるかのようなポートレート写真を作れることがカメラマンの腕のような感覚を持っています。

 Photographは「光を描く」という意味があるようですが、「写真」と解釈する日本人との解釈の違いがあるのかもしれません。

 「じゃあ、日本ではありのままの写真しか写さないの?」といわれれば難しいところで、30代の頃にお見合いをしたとき、厚紙のファイル入った振袖を着て化粧した写真と、目の前に出現したお見合い相手の姿を見て”話が違うじゃないか”と思ったことがあります。

 ご近所の奥様方にしてもイベントなどで化粧した姿しか目にしていないと、すっぴんで歩いていると誰なのか気がつかないことがあるもので、挨拶されてから「あ!」と気がつくこともあります。

 実は、ライフパートナーを空港へ迎えに行った際、ウラジオストクで髪の毛を黒く染めてきたのを知らず、目の前に来るまで気がつかなかったことがあります。気がつかなかったことをごまかすのに大変でした。

 一度認識してしまえばそれ以降は見間違えませんが、ちょっとしたイメージチェンジで別人のように見えてしまうのですから、案外目で見ている世界は深くないのかもしれません。

 考えてみれば男性だって床屋にいってきたところで、自分が自分であることには変わりがありませんし、髭を剃ったり背広を着るたびに自分が変化するわけでもありません。

 街角の似顔絵描きに似顔絵を書いてもらえば、ほとんどが実物よりも見栄えがよく描いてもらえるのは世界の標準。現物より悪く描かれたら、誰がそんな絵を買うもんですか。

 ポートレート写真も同様なのか?考えてみれば写真館に行って「美しい人はより美しく、そうでない人はそれなりに・・・」で「私はリアリストの似顔絵描きです」は商売成り立たないことでしょう。

 実物より良く描かれていると他の人に冷やかされる日本人ですが、ロシア人なら「素晴らしい」と誉められる文化の違い。案外、誤解の多い部分で、日本的な照れ隠しの批判的な言い回しが相手を傷つけてしまうことは多いものです。誉めることは照れくさいものですが、これも大人のマナー?

 男は40過ぎたら自分の顔に責任を持てと言われますが、人間性などが顔に出るのだそうで、ブサイクでもいいから品格を問われる顔になりたくないものです。

07.4/18