語学学校

 一頃人気が落ちたと言われた「日本語が教室」、最近はまた人気が盛り返してきたようです。日本との商取引が増えたこともありますが、太平洋側への玄関口としてのウラジオストクの足場がだんだんできてきたこともあるでしょう。

 韓国など90年代から積極的に資本投資したり現地法人を作っていましたが、日本企業は慎重なのでなかなか乗り込んできませんし、リスクを避けるために資本投資したり現地法人を作らず向こうの企業との取引と言う形が多いのですが、その隙間に生まれる産業もあります。

 ソビエト時代に唯一公的な日本語教育機関と言われた極東大学のあるウラジオストクですが、「大学で語学を学んだ人にビジネスを教えるより、ビジネスを身につけた人に語学を教えたほうが有意義。」と厳しい意見も聞きます。

 アフターファイブを大切にするロシア人。仕事に使う使わない以外にも自分の教養のためと何かしらの語学を学ぶ人も多く、日本語に限らず語学教室に通う人は多いです。”何かのために”と学ぶことも大切ですが、”思わぬところ”で役に立って嬉しいのも大切なこと。

 なにより、何かしら学ぼうとする姿勢を持つことが大切で、「できる」場所に安住していると程なく取り残されるのが流れの渦中にいる人たちです。必要だから学んでいては遅いのかもしれません。

 井上靖の”おろしあ国酔夢譚”にも出てきますが、日本が江戸時代だった頃に漂流民を使って日本語教室を作っていたり、鹿児島の漂流民ゴンザとソウザを使って日本語の辞書を作っていたロシア。もともと国外から何かを吸収しようと意識が強い国だと思います。

 日本語学校イコール日本人への花嫁学校などと勘違いしていると足元をすくわれますが、こうした思い違いをしている世代は既に彼女らから見れば結婚対象から外れているのかもしれません。

 90年代は日本人が講師として活躍している日本語学校は稀でしたが、近年は日本人を雇っている日本語学校も増えています言葉を教える以外に、もっと日本の文化や社会や経済などに精通した日本人講師が欲しい」と、要求されるレベルも高くなっているそうです。

 90年代、ロシア人が教えていた日本語学校は既に日本で使われなくなっている言葉が用いられていたり、これはこれで面白かったのですが、いまやより実践的な時代。

 とはいえ、「めっちゃうれしい」「〜じゃん」なんて言葉を聞くと”どんな日本人が教えているのだ?”と恥ずかしくなります。「正しい日本語」も日本側にとって要求されるので、今の表現は正しかっただろうか?”と重荷に感じるときもあります。

07.2/16