甘い言葉クサイ台詞
| 「愛は平和ではない 愛は戦いである 武器のかわりが誠実(まこと)であるだけで それは地上における もっともはげしい きびしい みずからをすててかからねばならない戦いである― わが子よ この事を覚えておきなさい」 40代以上の方なら「少年マガジン」の『愛と誠』に出てきたこの言葉を憶えていらっしゃることだと思います。元々は、インドのネール元首相が娘にあてて書いた手紙の一説です。 この場合の『愛』を恋愛の『愛』と位置づけるのは異なるのではなかろうか?と思いますが、「平和ではなく戦い」と言うのは、常に改革し変化していかなければならないという意味で「言えているかもしれない!」と思います。 ロシア女性をはじめ、ヨーロッパの女性は「男性から言い寄られて何ぼ」の構えでいますから、原始的に「一押、二押し、三に押し」の姿勢で向き合わないとなかなか振り向いてくれません。こちらが引くとさっさと向こうも離れてしまうので、駆け引きなしの体力勝負?が基本だと思います。 そういえば、先のマンガ「愛と誠」に岩清水弘という男が出てきて、早乙女愛に「君のためなら死ねる!」と純愛を貫こうとしますが、このクサイ台詞も当時流行後になった記憶があります。 ロシアの男性が惚れた女性に対して接する態度ときたら岩清水弘のようなもので、女性は早乙女愛ほど優柔不断ではないので、「君のためなら死ねる」などといわれても好きでもない男なら「それじゃあチェチェンの最前線に行ってきて!」と言われるのがオチです。 友達よりも恋人、恋人よりも夫婦のほうがクサイ台詞が多くなる感じがしますが、得るまでの努力より、得てからの努力のほうが大きいので、確かに愛は戦いです。結婚はゴールではなくスタートです。 日本の夫婦の場合いわゆるクサイ台詞はふざけておのろけの時にしか言わないものですが、むこうでは人前でも平然と「わが人生の宝石よ」とか、「美しき僕の天使よ」なんて言うのですから、クサイ言葉がクサヤの干物にすかしっ屁しか思い浮かばないと差をつけられてしまいます。これもまた世渡りの術と恥を忍んで言わねばならぬ状況は多々あります。向こうも同じように「甘い?」「クサイ?」言葉を返してくるので言われてみると悪い気がするものではありません。人目などそのうち、慣れて気にならなくなります。 こんな言葉を口にしなくても「わかっているのでは?」と思いもしますが、夫婦と言えども家の外には夫や妻を狙う悪い誘惑がうようよしているので、人前で甘い言葉をささやくのは「お前らが入り込む余地は無い!」と言う魔よけのようなもの、と説明してくれたカップルがいます。 ある意味、「恋愛を楽しむ」ことが重要で、意識が「結婚」にがんじがらめに固まってしまうと重要なことを見落としてしまうものです。結婚は長い恋愛生活の一里塚でしかありません。 07.1/14 |