古き良き物

 ロシアには独自の民芸品や手工芸がありますが、ソビエト崩壊後の一頃は、こうした自分達独自の工芸品が世界に通用すると彼ら自身が思っていないような時代がありました。

 何がよいのか?それさえわからないほど時代の変化が急激だったのでしょう。

 ウラジオストクでもロシア名物の木工民芸品が街のあちこちに姿を現すようになったのは2000年以降で、それ以前は”なんでこんなものに外国人が興味を持つのだ?”と理解できないような時代だった気もします。

 最近はマトリョーシカや木工細工など中国で大量生産しているようですが、木材の枯渇と環境破壊で、中国は今材木を伐採することができないので、ロシアから白樺の木などを輸入して加工しているようです。

 規格大量生産した中国製とロシアの巧みが手作りで作った製品は価格がぜんぜん違います。

 ソビエト崩壊後間もない頃のシベリアに行った時に、見た下にする木工製品やウラル鉱石の彫り物などを探したのですが、なかなか見つかりませんでした。

 バイカル湖のほとりのリストビヤンカ村に行った時に、教会近くのドイツ人のお婆さんがやっている民芸品点で、これぞロシアを感じられる民芸品と出会うことができました。

 このおばあさんは昔、日本に住んでいて、神田のニコライ堂で働いていたそうです。ドイツからソビエトに国籍を移したおばあさんです。

 彼女自身は教会や聖書をモチーフとした絵を描く人ですが、彼女を慕って木工民芸を作る製作者や農家が、彼女の店に品物を置くようになったばかりの時代でした。

 木を削っただけの砂糖ツボや有り合わせの布キレで作ったコースターなどをどうして観光客が欲しがるのか?作る側もよくわからなかった時代がありました。

 現在も規制されていますが、当時は絵画などの国外持ち出しに税関が目を光らせている時代で、帰国する時のためにと、”これは美術品ではなく土産用の民芸品だ”と証明書をつけてくれました。

 国が傾くときはいつの時代でも同じですが、美術品などの財宝が国外に持ち出されるものです。

 絵画を数枚買って親しい人に配ったのですが、”さびしそうな景色だねぇ”という人と”吸い込まれるような哀愁ある光景だねぇ”と評価する人に二分しました。

 ”ロシア的憂鬱”と言う言葉がありますが、この深みがたまらなく魅力で、ある意味日本的な侘び寂びに通じるはかなさがあって好きです。残念なことに、このところは流行のポップに染まりつつありますが。

 ロシアでも今は珍しい光景になってしまった糸つむぎ。羊毛や綿を紡いで糸を作るのも、外に出られない冬の仕事。

 よほど奥地の農村でも行けばまだあるでしょうが、今は観光用のイベントのようになっています。

 日本人の心の一曲”母さんの歌”にも♪母さんは麻糸紡ぐ、一日紡ぐ♪とありますが、こうした光景や親の姿を見て育つ子供は幸せだったのかもしれません。

 やはり、ロシアの人々に対して、どこかでロシア的な伝統を求めているもので、裏返せば私達にも日本的な文化を求められていると思います。

 どちらが云々の幼稚な綱引きではなく、お互い異なることを認め合うことから一歩が始まると思います。

 レースの刺繍ですね。ウラジオストクの民芸品店でも、店の中で年配の女性が実演販売している土産屋がありますが、手間隙かかる仕事なので、一つの品物を完成させるまで何日もかかるようです。

 中央の銅でできた円筒形の置物はサモワールと呼ばれるロシア伝統の湯沸し機です。

 お茶の時間になると誰頭の家に女性たちが集まり、ジャムと紅茶を飲みながらおしゃべりするものですが、欠かせないのはお湯を沸かすサモワール。

 最近では電気でお湯が沸く象印やタイガーがそれに代わってっています。

 身の回りを見渡すと、日本も古き良き物はたくさんあります。案外、外から指摘されて気がつくものです。

 

06.3/26