That's life
| "That's life!"それが人生さ。トリノオリンピック女子フィギュアスケート銅メダルに終わったイリナ・スルツカヤがよく口にする言葉です。 トリノオリンピックでもまさかの転倒で銅メダルに終わった時に「落胆しているけれど、それがスケート、これも人生。」深い言葉です。 勝つ時もあれば負ける時もあるものです。”これも人生”と気持ちを切り替えてさらにステップアップしていけば、負けることも大きな遺産になることでしょう。 日本の薄っぺらなマスコミが浅田真央選手が年齢制限で今回のオリンピックにでられないことをどう思うか?と無礼な質問をしたときも「これも人生」。 母親の病気の看病のために世界選手権を辞退した時「私の選手生命は2-3年で終わるけど、人生は一度きり。今は母親健康が大切。」と決意しました。 イリナ・スルツカヤは20歳で結婚していますが、コーチをしている夫の収入だけでは母親の治療費はまかなえないので、自分と両親の二つの家族を養うために選手生活をまだ退くことはできませんでした。そんな中での苦渋の決断でした。 その後彼女自身が難病を患い一年を棒にふり、自分と母親の病気を向かい合いながら復活してきました。彼女の"That's life!"には心の上に刃を乗せた凄みがあります。 |
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仮にスルツカヤ選手が優勝して荒川選手が3位だったとしても、どちらも"That's
life!"に近いニュアンス言葉を残したことでしょう。 良くも悪くも人生の上に起こる事を受け止める。なかなかできないことですし、修羅場をくぐるとはこういう割り切りを身につけさせることでしょう。 いつもまだ道の途上。 スルツカヤ選手のように自分のもてる力を出した上で”これも人生”と割り切るのでしたら、これはこれで爽やかで好ましいのですが、敵前逃亡で言い訳に”これも人生”ではただの 無責任な卑怯者です。"That's life!"使う人の生き様が反映されてしまう難しい言葉です。 泣く子と地頭には勝てぬ日本人の目から見ても、しばしばロシア人には似通った諦めが共通認識としてあるのではなかろうか?と感じることはよくあります。 人々が抑圧されてきたソビエト時代の”個人”なんてものは道端の石ころみたいなものですから、理不尽だって生き残るためには飲み込まなければならなかったので、”これも人生”と諦め癖がついているような一面をよく感じます。 |
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国家や社会にしがみついていれば何とかなったソビエト時代なら”これも人生と”とあきらめて何もしないことが”善”でしたが、ソビエトが崩壊し頼るべき柱がなくなると”これも人生”と待っているだけの者達にはホームレスと厳しい冬の凍死が人生の終点でした。 自らの意志を持ってアクションを起こせるか否かがソビエトとロシアの違いだと思います。スルツカヤ選手など、ソビエト経験の少ない世代は"That's life!"のニュアンスも違います。 「あいつらなんでも自分の思うとおりになると思っているんだから困りますよ。」日露カップルの男性たちの合言葉のようなものです。奥様方はスルツカヤ選手よりも上の世代の人たちですが、自分で「こうなるんだ」と決めたら周囲のことなど目もくれずそっちにまい進してしまう。困ったものですが、結婚後もしっかり日本に根を張っているのは行動的な人が多いです。 「ソビエト時代は”運”が人生を決めていた。生まれた先が党員の家庭かそうでないか、自分の指導者が失脚するか勝ち残るか、私達の力ではどうにもならないことが将来を決めていた。今は将来の保証なんてないから自分で作っていく時代。」・・・・・・素晴らしいことだと思いますが、お願いだから”引く”こともおぼえてね。 ”運”が人生を左右する。同じようなことを昨年末の週刊現代で、堺屋太一さんが”ポスト団塊の世代”について語っていました。 幸せも幸運も自らの手でつかむ。それでも、思い通りにならないことのほうが多いのが”これも人生”。でも、努力は必ず実を結ぶものです。 艱難汝を珠にする。 06.2/27 |