旅の途上で

 広大なロシアの大地、人々の感覚も日本人と違います。400kmは距離じゃない-40度は寒さじゃないなどと彼らは言いますが、距離感は日本人と大きく異なります。

 距離感の違いと言うのは同じ日本国内でも感じるもので、東京など電車の駅と駅の間が1kmに満たないこともあり、私のように地方に住んでいると随分その距離感覚が短く感じてしまいます。ひと駅変わるだけで街の光景が変わってしまうことが画期的にさえ思えてしまいます。

 さておき、ロシア人の広大な距離感覚には翻弄されることもあります。ウラジオストクはロシアでも珍しく狭い土地に密集している土地で、「私達の距離感は日本人に近いと思う。」と彼らは言いますが、勝手にそう思っているだけです。「ウラジオストクの郊外」と彼らが簡単に言う場所が200kmも離れているなんてことは当たり前。

 ウラジオストクから一番近い大きな街はハバロフスク。その距離は800km。新潟とにたくらいの距離、列車で一泊二日。私達が近県に出かけるような感覚で捕らえています。ハバロフスクの友達が結婚するのでちょっと出かけてきます、と、片道800kmを自動車でひとっ走りするなんて日常茶飯事です。

 ウラジオスと首都モスクワは9000km。ウラジオストクの友人は「モスクワに行ったことがある人よりも日本に行ったことがある人のほうが多いのでは?」と笑いますが、シベリア鉄道で7泊8日の旅です。

 ところで、こうした長い距離を自動車で移動する場合、アクシデントに出会うこともないわけではありません。そんなときにどう対処するのか?気になります。最近は携帯電話が普及し、大方のところでは携帯電話を利用できるようですが、電波の届かないところもあれば電話が通じっと頃で救出に行くのに何時間もかかる場所もあります。

 「何かあった場合、動かないで待つことです。」パニックになってあわてた時に訪れるのが”死”です。草原のど真ん中で自動車が故障して外に助けを求めに出たところで、人が住むところまで歩いて何日かかるかわかりませんし、オオカミなどの野生動物もいます。冬なら程なく力尽きて凍死してしまうでしょう。誰かが通りがかって救助の糸口がつくまでは、そのまま耐えて待つのだそうです。

 「何かあったのかな?」と見かけたドライバーも立ち止まって覗いてみるのも当たり前の慣わし。困った人がいれば乗せていったり救助の手をかす。街中ではあれだけ見知らぬ人に警戒心を示す人たちが、人里を離れれば違うのは厳しい自然の生み出した習慣なのかもしれません。

 故障した自動車を一晩置いておけばタイヤもミラーもバンパーもなくなってしまうような国で、人が頼れる?単純に考えたらわからないことでしょう。単純ではないんです。イソップ物語の盲人と象の話のようにならないよう、いろいろな角度で見ないと見えてこないものです。

 旅先で夜を向かえたときは、どこでもいいから明かりのついている家のドアを叩いて泊めてもらうのがロシアの流儀。困った人が助けを求めてくれば泊めないことはない。かつて私がノボシビリスクで野宿を余儀なくされたことを話したらそう言われました。

 おそらく、同じような光景に出会った場合、日本人なら車を止めて手助けするようなことは稀でしょうし、見ず知らずの人を家に上げることもしないでしょう。あれだけ他人に対して警戒感が強いロシア人がこういう行為をするのは”善と悪”が表裏一体で共存していること認めていたり、”善人”と”悪人”が明確であるからかもしれません。「悪人はある人にとっては悪人だけれど、ある人にとっては良い人。」良く彼らが言う言葉です。どんな人でもある面は悪人、ある面は善人です。

 絶対的正義を旗印に自分の論理を押し付けるブッシュの原理主義はわかりやすいだけで、幼稚で単純なのかもしれません。

 「あの人が?」「普通の人だった」など最近の日本の猟奇事件にはつき物のせりふですが、この境界線が明確でないのが怖い時代です。悪い連中は悪そうな顔つき服装をしている者ですが、最近の日本ではそれが成り立っていません。表面上の優しさと裏腹に他人に対して決して信頼を置かないのは日本人のほうかもしれません。

 私の住むあたりは苗場スキー場が近いことも会って冬はスキー客の交通量が多い土地です。年中行事ですが、スキー客の交通事故や自動車の故障のトラブルをよく見かけます。そんな時どうするかと言うと、見てみぬふりをします。昔は「大変だ」と道路沿いの遺影の人たちが手を貸したものですが、感謝されるわけでもありませんし、人の家に勝手に上がりこんで示談交渉の喧嘩をし、こんにちわの一言も言わないで立ち去ってそれきり。

 国道沿いの家など自動車にチェーンを巻いて一晩置いておけば、翌朝にはチェーンが消えているなんてことはよくあったことで、仮に見つかっても「困っているんだからしかたないだろう」と開き直る始末。そんなしつけのなっていない連中が親になり、祖父母になっている時代です。

 スキー・スノボのブームが去って程度の低い連中が少なくなったことはありがたいですが、ブームや大衆化は文化を低俗化させるだけだとよくわかりました。要は「誰かが助けてくれて当たり前」とそれだけで、「自分が助けられたら今度は自分が誰かを助ける」と言う対価について認識していないのでしょう。

 昨年末、コンビニの近くでスノーボーダー風の若者の自動車のそばで地元のフィリピーナの奥さんがなにやらしていたので、トラブルでもあったのかな?と気になって飛んで行きました。

 若者達がチェーンの巻き方がわからなくて四苦八苦していたので見るに見かねたフィリピーナの奥さんが手をかしていました。”まだ日本に毒されていないな”と思うと共に、”いい勉強になりました”と私も手伝いましたが、「君たちは雪道でフィリピン人に助けてもらうなんて得がたい経験をした日本人だよ。」と言うとスノーボーダーたちも大笑いしていました。

 漠然と誰かに対する信頼を持てないことは恐いことですが、ある面ではロシアは恐いところですし、ある面では日本も恐いところです。一面だけでは評価できません。

 Умом Россию не понять, Аршином общим не измерить: У ней особенная стать - В Россию можно только верить.

 ロシアは頭では理解できない。並の尺度では測れない。そこには特別な気質があるのだ。ロシアはただ信じるのみ。

Фёдор Иванович. フョードル・チュッチェフ

06.3/2