姑問題
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舅姑問題。日本の夫婦にはつき物ですし、これなくして家庭ドラマは成り立ちません。戦後日本に広く普及した核家族。子供の不躾などさまざまな副作用をもたらしていますが、それでも妻にとって盆と正月を除けば夫の親に会わなくてすむので、家付きカー付き婆あ抜きと広まりました。 それでも舅姑問題はなくなりませんし、舅姑問題がなければ夫が邪魔で目障りになるのですから、”亭主元気で留守が良い”になり、浮気が不倫へと言葉が変わったとたんトレンディーになってしまい、”倫理”は政治経済と同じ分野になって試験にでるようになってしまいました。 日本で姑問題と言えば嫁対姑の対立構造ですが、お国変われば事情も違います。ロシアで姑問題と言えば、夫と嫁の母親のことで、私も最近そういう文化の国なんだとわかったのですが、道理で手ごわいと思いました。 何でこんなにチネチネといじめられるのだろうか?と思いましたが、まあ、私の気の効かないキャラクターのせいだろうとわかっていましたし、反省するどころか”気が利くようだったらもっと早くに、もっとましなのと結婚してらぁ”と開き直って好き勝手に振舞っていましたが、他の日露カップルに聞いても同じように母親が夫に対して厳しいと言うので、そういう文化なのかなあ?と思ってました。日本に来ているロシア人留学生に聞いてようやく謎が解けた思いでしたし、発見でした。 ロシアの姑問題は、婿と妻の母親の確執だったのです。なんとなくしっくり行かないことはわかっていたので、向こうに行くと「ホテルは高いから我が家に泊まれ」と言われてもバウチャー(ホテルが発行する招待状)の問題を口実にホテルに泊まる方が気が楽でした。今年あたりバウチャーがなくなりビザだけで入国できるようになるので、どうすればよいのだろう? 日本の家庭の場合、嫁に対しては夫の母親の視線や夫の親族の視線は厳しいもので 、世代交代でもしない限り息子の嫁に天下は巡ってこないものです。死ななければ指導者が交代しないのは王政か中国共産党並です。 ロシアの婿イビリで幸いなのは嫁の父親が婿をいじめるのではなく、異性である母親がいじめるのでワンクッションありますが、父親と娘婿の対立なら流血事件になるでしょう。 日本で言う「至らぬ嫁」の図式が、ロシアではそのまま夫に来るので、”なんだこの重苦しい重圧感は?”と感じていたものが、”婿イビリされていたんだ!”とわかったとたん、日本で嫁が夫の家族から受けているプレッシャーと同じものだと実感できました。 夫婦喧嘩で嫁の母親に助けを求めても火に油を注ぐだけで、解決には絶対至らないことは体感していますが、日本の嫁さんって大変だったんだなあとしみじみ理解できるようになりました。日露カップルの場合、姑問題は嫁ではなく夫にも降りかかっていたんです。 ティータイムのコラムでやらかしたような失敗もしていますし、日本で言うならヤンキー女房のような婿と思われたことでしょう。”いちいち気にしていられるか!”とも思うのですが、日本において嫁側も同様に考えているのだと納得できるようになりました。 嫁イビリの国と、婿イビリの国の人間が一緒になるのですから、お互いの家族に対する気配りも異なり”至らぬ”ことばかりになります。私がロシアの理想的な婿さんになれないように、向こうも日本の理想的な嫁にはなれないので、それがわかったら”できなくて当然、できれば立派”と安心しました。 そこはしなやかに柔抑剛を制すの日本人。やんわりと姑さんを受け止めて”あんたの思うようにはならへんで”と腹の中にいちもつ持って接していくことでしょう。 ロシアのジョークで、モスクワでこんな話がありました。 「結婚するなら日本女性がいいよ。日本の嫁は働き者で気持ちが優しい。何より姑は飛行機で10時間も離れたところにすんでいるんだ!」 ウラジオストクなら飛行機で1時間半です。 06.1/11 |