坂の街
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港町はどこでもそうですが、ウラジオストクも急な坂道が多い街です。急な坂が海の中まで続いているから、岸辺で水深の深い港が作れるわけです。 どこへ行くにも坂があるので、足腰の悪い人には生活が大変なことでしょうが、坂道が多いことと、魚をよく食べるから他のロシアの地域よりも太った人が少ないとも言われています。 それにしても、どうやってこんところに建設資材を運び込んだのだ?と首をかしげるような急坂(崖に近い)場所に古いアパートが建っていて、しかもそこにつながる車道もないようば場所もたくさんあります。細い階段や石造りの坂道を黙々と歩いています。 年金生活になり、仕事からもリタイアすると、ウラジオストクを離れて郊外の街へ移り住む人も多く、その理由の一つは郊外のほうが生活コストが安いこと、もう一つは坂がないことだそうです。 |
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足の捻挫はウラジオストクの風土病と仲間内では語っていますが、急な坂道、でこぼこした石の階段、そしてハイヒール。転がらないわけがありません。 外国から日本に戻ってくると、夜の街中が明るいなと感心しますが、日本の街は公共の道路や歩道に十分すぎるほどの明るい街灯が数多く立っています。ウラジオストクは、最近でこそ街灯が点灯するようになりましたが、経済混乱期だったエリツィン政権の時代は大きなとおりだけ街灯が点灯していたり、街灯はあっても明かりがともっていなかったり、一歩通りを外れると心細くなるような暗さでした。 日本からウラジオストクの空港について、市内に入ると夜8時ごろになっているのですが、ホテル近くの街角の”Levi's”の赤い看板の明かりがやけに目に付いたものです。今ではあちこちネオン看板だらけですが。 海辺の港とシベリア鉄道の駅を中心に古い市街地は開けて、そこから坂の斜面に建物が立ち並び、やがて街は山の上へと移っていきます。 大方の市民が住むのは山の上を平らにした住宅地で、10階、12階のプレハブ建築のアパートが立ち並びます。こうした新興団地地域にはバムと呼ばれる地域があり、バムとは第二シベリア鉄道とも呼ばれるバイカル湖の北を通るバイカル・アムール鉄道のことで、そのバム鉄道を建設している時代に着くたれた街だからバムというのだそうです。 生活の中心地は坂の上、仕事の中心地は港の近くが一つの特徴です。坂の上と下は自家用車はもちろんバスで往来します。モスクワの地下鉄は有名ですが、ウラジオストクはこの坂の多さで地下鉄よりもケーブルカーをたくさん作ったほうが良いかもしれません。極東技術大学の校内に唯一のケーブルカーがあり、街の上と下とを結んでいますが、営業していたりしていなかったり、老朽化もしています。 |
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古い戸建ての集落とプレハブのアパート郡が並ぶ高台の町。この広い空き地を利用して、年に何回か中古車販売の市場が開催されるそうです。 かつてはこのような空き地には中国市場や韓国市場と呼ばれる掘っ立て小屋が連立する露天市場がありましたが、流通混乱も収まり用がなくなると撤去されました。 これだけのアパートが立ち並び何をして生活しているのだろう?と思いますが、そこは港町ですから、船舶関係が多いようです。 古い中層アパートには年配者が、新しい高層アパートには若いカップルが多いと言われますが、最近はアパートの家賃も高騰し、住居の確保も大変なようです。 国から住居を与えられたソビエト時代と違い、個人の力次第ですが、アパートの部屋の所有権を買って所有する人々もいます。 |
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遠くない将来、この空き地にも新しい瀟洒な建物が建つことでしょうが、案外、個人の戸建て住宅が立ち並ぶようになるかもしれません。 06.5/13 |