ロシアの路地から

 路地を歩けば生活が見えててきます。観光ガイドブックなどからは見えてこない部分でしょう。

 ロシアに行って、町や人々の生活を見てくることの大切さは、どれだけ私達と異なっていて、どこが似通っているのか肌で体感してくることで、これは書物や写真などからえることが難しい部分だと思います。

 人と人とが関わりを持っていく中で、肇は共通する部分が目に付いて、それが好奇心になって親近感を深めていくものですが、やがて馴れ合いになってくると異なる部分ばかりが目に付くようになってきます。

 異なる部分が「個性」で本当はそこに惹かれているのですが、自分の思うに任せぬいらだたしさから、ついつい異なる部分を否定したがるものです。異なるから面白いのです。

 古い町並みはとおりの表に城壁のように低層の建物が並び、その奥に人々が住む住宅がありました。

 通りに面した外側の街並みは商店街やオフィスになっており、ところどころに路地があり、奥の住宅街につながる道があります。

 常に外敵の危機にさらされていた大陸では、街の造りが城壁そのもので、大きな都市なら都市そのものを城壁で囲んで外敵から守っていました。

 街の中でも小さな城壁つくりのようなもので、外壁に当たる外側の通りに商店街などを作り、いざとなったら門を閉じることで、侵略者が住宅地の中に入れないよう考えられていました。

 外の町と仲の住宅地を結ぶ薄暗いアーチ上の路地を目にすると、どんな歴史を見てきたのだろう?と興味深いものです。

 帝政ロシア派の人々を赤軍が連行しながら通った道かもしれませんし、秘密計画が路地の闇の中で待ち伏せしていた場所かもしれません。

 道端のフリーマーケット。特にフリーマーケットの日だとか、フリーマーケットの場所と言うのではなく、何らかの事情で家のものを売って資金を作る必要があるのでしょう。

 それにしても、便座まで売ってしまうとは。あるいは新しい便座でも買ったのだろうか?

 便座の左側の白い四角い陶磁器はトイレの水タンクの蓋です。真ん中にあいている穴から水タンクの栓を抜く棒がでていて、それを引っ張り上げて作品を水に流します。

 ソビエト崩壊に始まる経済混乱期だった1990年代なら軍隊の階級バッジや勲章、軍服などが目に付いたものです。

 日本にとって幻だったモスクワオリンピックからもう25年が過ぎました。そこの頃に作られた柵なんでしょう。長持ちしています。

 若い世代はモスクワオリンピックを知りません。それを言ってしまえば日本も東京オリンピックから40年が過ぎています。その間2回の冬季オリンピックがありましたが。

 東京がオリンピック候補地として立候補する姿勢を見せている日本ですが、ロシアでもそろそろオリンピックをと言う声があるようです。

 冬季オリンピック誘致にコーカサスの山々を持つソチが名乗りを上げているようですし、夏はモスクワの次にはサンクトペテルブルグと言う声もあるようですが、モスクワから離れている極東も色気はあるようです。

06.3/19