ノルマ

 働く人たちにとって気が重くなる言葉”ノルマНорма)”はロシア語。戦後、シベリア抑留を体験した人達が日本に持ち込んだ言葉だそうです。ノルマを英語にするなら”assignment”など、”割り当て”という言葉がニュアンスが近いと思います。その”ノルマ”も元々はラテン語で、規範や標準を意味する言葉だそうです。

 私など”ノルマ”とは対極にあった役所勤めだったのですが、この言葉に感じる嫌悪感はどこから来るのか思い返してみると、詰め込み教育最前線だった中高生の時代だと思います。

 オイルショック意向の不景気な時代だったので、社会全体が”本日のノルマ”と掲げていたようなご時勢だったこともあり、受験シーズンの今頃の季節になると妙にこの言葉が気になっていたようにも思えます。自ら掲げた”目標”ではなく、上から押し付けられた”課題”のようで、あまり気持ちの良い記憶がある言葉ではありません。

 バブル崩壊以降の日本では”ゆとり”と平行して”ノルマ”という言葉をたびたび耳にするようになりました。生き残りをかけた企業にとっては当然のことなのでしょうが、その頃、仕事の中心的な年齢になってきた私達世代は、一生この言葉に追われる世代なのだろうか?と思いました。

 ”ノルマ”というと社会主義ソビエトを象徴する言葉のようにも思えますが、帝政ロシア末期には一部の貴族や地主と97%の農奴がロシアの姿でしたから、”ノルマ”の言葉はなくとも実態としての”ノルマ”は存在していました。

 しばしばロシア人に感じられる”主体性”のなさも、長い年月培われてきた農奴意識があるのだろうか?と思うこともあります。

 同じように考え、同じような発言をする日本人と違って、ロシア人は考え方も発言も個人個人のカラーが強いのに、いざ行動に移るときになると妙に曖昧で場の空気に流されるようなところがあります。

 ソビエト崩壊後の混乱期をぬけて、ソビエト経験の浅い若手が台頭してくると、”ノルマ”なんて上から押し付けられる言葉は死語の世界に押し込まれたようで、自分で意識してのし上がるものと、上からの指示を待ってそのまま沈んだままの勝ち組負け組みが二分される両極端になってきたようです。

 ソビエト崩壊直後は突然手に入った”自由”にどう向き合って、何をすればよいのかわからない戸惑いがあり、”自由”と”奔放”を履き違えた”無頼漢”が闊歩する時代もありましたが、今は”自由”の上に立脚して行動できる人たちの時代になりました。

 何事も形骸化してしまうと意味を成さないものですが、ソビエト末期はノルマは形骸化し、帳簿の上での約束事になっていました。

 工場など、その日の生産目標のノルマが決まっていて、その生産目標に達しないと罰則があったりノルマに達するまで働かされたりしていましたが、ノルマよりも大きい成績を上げると長期休暇などの特典がありました。

 思い切った成績を上げなくても、ほどほどノルマを達成したことにしようと帳簿改ざんをするようになり、たとえば、縫製工場で500のノルマだったら400程度作ったところで”後はやったことにしようや”と本日の作業終了!を繰り返してきたので、帳簿の上の生産総数と、実際に作られた製品の数が合わないなんてことは極日常。それを監査するほうも監査そのものが形骸化しているので、だいたいOK!で国は傾くのでした。

 ソビエト崩壊後1993年、モスクワでロシアの保有する核弾頭について、日本とUSAの研究者を呼んでの会議で、USAの研究者が、ロシアが保有する核弾頭について帳簿に載っている数より、実際に存在する核弾頭が少ないことを指摘。

 それでは消えた核弾頭はどこに行ったのか?テロ国家と呼ばれる国に流されたのか?場内騒然とする中、ロシアの研究者は、

 「社会主義計画経済には”ノルマ”というものがあって、どこの工場でもノルマ達成を強いられていたので、水増しして記載することは日常のこと。帳簿上の出荷数と実際の数量に違いがあっても当然だったのです。テレビも冷蔵庫も核弾頭も帳簿の数量よりも実際に製造された数量が少なくても当然のことです。」

 場内再び騒然。

06.1/18