民芸品

 1999年にウラジオストクに行った時にお土産にもらった木工品です。白樺の木にウラジオストクの絵を描いたものです。

 思い起こしてみるとこの時代、日本に帰国する時の土産を探すのに苦労した時代でした。

 当時はホテルの土産品売り場にマトリョーシカ人形が数個並んでいる程度で、グム(ロシアのデパート)に行っても日常生活用品ばかりで、これと言って土産になるようなものはない時代でした。後はウォッカくらいしか思いつきませんでした。

 ソビエト崩壊時の経済混乱は収束に向かっていたものの、まだ流通は不安定な時代でした。

 ロシア人自身が外国人はどんな土産を望んでいるのかわかっていない時代だったと思います。

 路上でソビエト軍の階級バッジや勲章などが売られていた次代で、その類のマニアの方には嬉しかったでしょうが、一般の人が”ロシアの土産”と少佐の階級バッジをもらっても喜んではもらえないことは確実です。日本の税関でソビエト軍のヘルメットが引っかかった時はドキッとしましたが、そのまま通過できました。

 入れ子細工人形のマトリョーシカ人形も年々からフルにそして複雑になっていきます。

 以前なら5−6個が相場で、色もろくろを回して線を引いたようなものばかりで、写真のように20個近い入れ子に、複雑な絵が描かれているものなど博物館にでも行かなければお目にかかれませんでしたが、今ではロシア民芸の代表格です。

 マトリョーシカ人形は日本の箱根細工やこけしの影響を受けてロシアで発展したのだそうです。

 写真のような手の込んだマトリョーシカなら金額も1万円以上することでしょう。

 マトリョーシカ人形のようにサラファンを着てプラトーク(ロシアのスカーフ)をかぶった女性を見ることは、お祭りでもなければありえませんが、こんな体型のおばさんならたくさん見かけます。

 ロシアの伝統的な民芸品がなぜ外国人に喜ばれるのか、ロシア人自身がわかっていなかったので、何でこんな珍しくもないものをいくつも買っていくのだ?と不思議そうに見られたものですが、需要と供給の原理が根付いてきたのでしょうか?

 日本の楽焼のように自分で絵付けできるマトリョーシカ工房などができると面白いと思いますが、案外遠からず出現するかもしれません。

 最近では中国の黒龍江省でもマトリョーシカ人形を作っていますが、色使いや顔つきが微妙に違うので、感性とは面白いです。

 日本の木工細工の手の込み方や精密さは世界に類を見ないでしょうが、日本のシャープな鋭さとが違うロシアの柔らかく温かい木の技術もいいですよ。

 

06.1/8