裏塩耳袋V
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密告者 冬、氷点下20℃を越えるウラジオストクの街。凍死する人も出ますが、その多くはホームレスだと言われています。ソビエトが崩壊したとたん、時代の変貌についていけない人々が増え急激にその数を増やしました。 ホームレスになる人々は、飲んだくれや麻薬におぼれて社会的に破綻した人や、昔からの生活を崩そうとしない放浪の人たち、そして、ソビエト時代に権威を傘に威張ったがために市民につまはじきにされた人々などがいます。 ウラジオストクのルガバヤと言うにぎやかな通りに、昔市民に意地悪い態度をとり続けたがためにソビエト崩壊後に国からも人々からもつまはじきにされたホームレスがいました。密告で成り上がった役人で、ありもしない噂まで流して罪を作り上げたり、上しか見ていなかったために、共産党が崩落したら瞬く間に地位を失い、夫が彼女を密告し、今までのしっぺ返しに逆に裁かれる立場になり、アパートも追い出されてついにホームレスに身を落としてしまいました。 「あたしゃあんたがどんなことをしてたか知ってるよ!」と道行く人を捕まえては「黙っててやるからさぁ、いくらかおくれよ。」とたかるホームレスだったそうですが、経済混乱の90年代半ば、市民だって物不足、物価は超インフレでお金は一夜で紙切れになる時代ですから、そんなホームレスのことなどかまっていられません。 冬の朝、彼女が遺体で発見されたとき、「今まで人を脅かしてきた報いだ」「あんなのがいなくなってせいせいした」と人々はほっとしたそうです。 10年が過ぎ、「あんたがどんなことしていたか知ってるよ!」どこからともなく声がしてドキリとすることが今でもあるそうです。 子供 港で貨物船に荷物の積み下ろしをする港湾労働者。力自慢のむくつけき男達が多いそうです。夕方、仕事が終わって港から帰る頃、波止場に小さな女の子が1人でいます。「おかしいな。こんなところに子供なんか入り込めないのに?誰か職員の子供だろうか?」ふと気がつくといつの間にかその子供がいなくなっています。 海に落ちたのか?でも音はしなかったぞ?こんな寒い日に海に落ちたら大変だ!埠頭から覗き込んでみても誰も飛び込んだような気配はない。 複数の港湾労働者がそんな光景を目撃して数週間過ぎた頃、倉庫の奥に小さな子供の遺体が見つかりました。凍死したのか餓死したのかホームレスの子供だったようです。 ダーモイ 第二次大戦後、シベリアに抑留された日本人達は「ダーモイ(帰還)」を心の支えに苦しく厳しい収容所生活を耐え抜いてきました。心ならずも凍てつく大地で力尽きた人もたくさんいました。 日本に帰還することができた日本人たちはナホトカの港から舞鶴などに船で帰還しました。 ナホトカ近くの森に狩りに行った人たちは、霧のように雪が舞う森の中を、古めかしい軍服を着た兵士の集団が足跡も残さず通り過ぎる光景を見ることがあるそうです。 日本に帰りたい心がナホトカに向ってさまよっているのでしょうか? バーブシカ 裏塩耳袋でも紹介した極東大学前の教会とおばあさんのもう一つの話。 極東大学の道路と路面電車の線路を挟んで土手の上に教会があります。大きな通りにはさまれた森の中ですが、とても心地よいところで私のお気に入りの場所です。 極東大学に通っていた友人はアパートから大学までこの教会の森の中を通って通っていました。冬の夕暮れ、大学から家に帰る帰り道、教会の周囲のベンチに腰かけて編み物をしているバーブシカ(おばあさん)を何回か見かけたそうです。 「何でこんな寒い中、手袋もしないで編み物をしているのだろう?」街灯の下にぼんやり浮かぶおばあさんを見ながら、そんなことを思いながら通り過ぎたそうです。 ある日、またそのおばあさんを見かけたので、そのまま通り過ぎましたが、気になって振り返るともう姿がありませんでした。「帰ったのかな?」と思いながら、それ以上は気にしなかったそうです。 時が過ぎ、また同じように夕方家路に向かっていると編み物のお婆さんが見えました。「気にしないようにしよう」と思いつつも気になって振り返ると、もうおばあさんの姿がありません。この日は雪が積もっていたのですが、ベンチを見ると誰も座ったような形跡がない。 何かあった場所なのか?と聞いてみたところで、ソビエトやロシア革命の頃には何があったかわからない場所だからねぇ。 実は、それと思しき人を私も見たことがありますが、エンジ色のプラトーク(スカーフ)をかぶって、古めかしい服を重ね着してエプロンをしたおばあさんで、顔はよく見ていません。3月でしたが、「何でこんな寒い夕方に外にいるのだろう?」と思いました。 トンネル ウラジオストクの人たちがよく買い物に行く中国のスイフンヘの街。山間をぬける国際列車で行くと短いトンネルが数箇所あります。日本の列車は常時車内に伝統がともっていますが、ロシアの列車は社内に明かりがありません。そのため、トンネルに入るとその瞬間車内は真っ暗になります。 車内は買いだしに行く市民でにぎやかで、食事をしてながら談話している人たちもいれば、寝ている人たちもいます。 ロシアから中国に向かう途中では比較的長いのが最初のトンネルです。いつものようにスイフンヘの街に買いだしに行った女性が、窓の外の景色を眺めているとやがてトンネルに入り真っ暗になります。しかし、その時、彼女は目にしたのは真っ暗な社内の窓ガラスに写る自分の顔と、その背後にうっすらと浮かび上がるアジア系の女性の顔がニヤリと笑う。トンネルを出て振り返ると、彼女の背後に見えるのは眠りこけたロシア女性だけ。 車内に明かりがともっていてくらいトンネルに入れば窓ガラスに自分の姿が写るでしょうが、元々明かりがなければ何も写りません。 どんな作業員使って作ったトンネルなのかわかりませんから。 虫の知らせ ロシア人にも虫の知らせという感覚があるようです。 吹雪の朝、兵役に行った息子が突然帰ってきた夢を見た母親がいました。「母さん、寒くて凍え叔父にしそうだよ。母さん寒いよ。」息子は玄関の入り口から部屋の中に入ろうとしないでそういい残す消えてしまいました。 目が覚めてみると外は良い天気。”へんな夢を見たもんだ。息子はどうしているのだろう?”と、思いながら仕事に出かけ、仕事の合間に同僚とその夢の話をしていたら、アパートの隣室の人が彼女の職場に電話をかけてきて、”あんたの息子が軍隊でなくなった!” 訓練と称するいじめにあった息子は、軍隊の宿舎で体を縛られたまま外に放り出され、そのまま凍死してしまったそうです。ロシアでは戦死する兵隊よりもいじめや自殺で死ぬ兵士のほうが多くなっています。 息子の棺が帰ってきたときは彼女が夢に見た吹雪の日でした。 |