デジカメ
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この冬出会ったハバロフスクから来たヒッチハイカーのジェーニャ君。来日して最初に買ったのがニコンのデジカメだったそうです。旅の記録を写しこむのでしょう。 ロシアでは日本のメーカー以外にも韓国のサムソンや中国のメーカーのデジカメが売られています。数字の上では日本のメーカーと大きな差もありませんが、「日本のメーカーが一番。故障もしないし信頼性がぜんぜん違う。」 日本でも最近はデジカメで写した写真をプリントする時代になり、年々フィルムカメラが少なくなり、ドイツの大手フィルムメーカーのアグファが倒産したり、日本のフィルムメーカーだったコニカ・ミノルタがフィルムとカメラ事業から撤退する時代になってしまいました。 カメラ製造大国の日本はまだ緩やかにデジタル化が信仰してい方だそうで、新興国ほど著しくデジタル化に走っています。 |
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1999年にロシアから知人訪問で招待した時、外務省に提出する交際証明の書類には、電子メールやデジカメ写真は証明性が薄いと言うことで、郵便で手紙を送ってもらったり、フィルムカメラで写した写真を証明として添付したものです。 デジタルカメラや電子メールはパソコンの中だけのやり取りで、プリントアウトして紙に写したところで信憑性がないという考えがまだまだ色濃かった時代でした。 2001年頃から電子メールでもデジカメ写真でも「いいですよ」と極当たり前に証明として認めてくれるようになったように思えます。 民主党の某議員がガセメールで国会を騒がせましたが、こういう事件がメールの信頼性を損なうことにならぬかと心配しています。 |
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ウラジオストクに初めてデジカメを持って行ったのは2000年の冬でしたが、当時はまだものめずらしく、写した写真がその場でモニターで見られると言うだけで随分注目されたものです。当時ウラジオストクで目にしたデジタルカメラはSONYのフロッピーディスクに記録するタイプの大きなものでした。 単三電池4本使うコダックの130万がそのものでしたが、これが寒さに弱くて、すぐにバッテリーが上がってしまう。単三電池なのですぐに調達できるのですが、いつ製造されたものかもわからない電池が並んでいて、買ったときには既に電力が弱っているなんてこともありました。 とどめは−30度を越すハルビンの氷祭りで、一回シャッターを切るとそれっきり凍りついて温まるまで使えない。なんて経験をしたものです。 あれからわずかばかりの年月で、どんな環境でも対して支障なく使えるようになったのですから、商品開発に携わる人々の尽力と熱意に敬服しています。日本のメーカーに絶対の信頼を抱くロシア人の気持ちもよくわかる思いです。 かつて役所でデジカメ写真が信頼されなかった理由の一つに、デジカメ写真は簡単に加工できることがありました。ロシアでデジカメ写真が普及したのは加工しやすいと言うことも大きいです。 ”photograph”の語源は”光を描く”だそうで、”真を写す”日本とは微妙に考え方が違います。 |
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スタジオ写真はいかに日常の自分とは違う自分を見せるかと考える人たちなので、まあ、とんでもない写真を持ってきて「これが私です」とやられ困惑することもしばしばです。 右の写真は数年前のハルビンのデパートで見かけた光景ですが、家から写真を持ってきてコンピューターで合成してモデルのような写真を作り出すサービスで、日本でこんなことをするのは紋付を着た葬式の写真くらいのものです。 顔の堀の深さの違いだろうか?肌の色の違いだろうか?写真を写す角度や光の当たり方で別人のように写ってしまうのがロシア人の顔です。ストロボをたくと赤目になりやすいのも特徴です。 大きな修正を桑手スタジオ写真を除けば、大方の女性は写真より実物のほうが美しいので、写真写りが悪いのか?写す技術が悪いのか? 目は口ほどにものを言うといいますが、人柄は目によく出てい増す。余計なことだけど、目に力がある人がいいですよ。 |
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06.3/14 |