会員さんから送ってもらった写真に写っていた作りかけの教会を見て、「どこかで見た景色?」と思ったら、ウラジオストクに行けば必ず通る場所でした。

 極東大学の道路を隔てて一段上、トロリーバスが通るパルチザンスキー大通りの坂の途中。左奥に見える教会は私がよくお昼を食べに行く場所で、極東大学前の道端でピロシキを買って、この教会の庭のベンチで食べながら時間を楽し無場所です。

 新しく教会が建っている場所は広葉樹の森だった場所で、犬を散歩に連れてくる市民が犬にウンコやオシッコをさせるので、夏に通ると独特の異臭が立ち込める森でした。

 それにしても短期間で新しい教会を作り上げたものだとびっくりしています。

 教会と言うと結婚式を連想しがちですが、ロシア正教はロシア正教の信者同士の結婚式しか認めないため、国際結婚などロシア正教以外の相手と結婚する場合はカトリックやプロテスタントの牧師さまを呼びます。

 日露カップルで結婚式をするカップルは少ないと思いますが、ロシアで結婚式をした日露カップルのほとんどはレストランやホテルを借りて、披露宴の前に神父様や牧師様に来ていただいて結婚式をするようです。西方教会系のカトリックやプロテスタントは韓国から布教で入り込んでいるの神父・牧師様が多いです。

 空港から市内に向かう道路から見える教会は、信者達が寄付や勤労法して作っているので6年かけてまだ完成していませんが、「急ぐ必要はない、大切なのは人々が心を休めることができる教会を造ることだ。」とのんびり構えています。

 極東技術大学のキャンバスにも新しい教会を建設していましたが、こちらは木造で作っていました。

 ロシア正教では銅像はなく、イコンと呼ばれる宗教画が崇拝の対象になります。どんなイコンが飾られるのかそれを見に行くことも楽しみにしています。

 ソビエト時代の宗教弾圧で、教会が復活しても司祭不足の時代もありましたが、ソビエト崩壊後は日本のロシア正教の教会に勉強に来ている司祭様もいました。

 ウラジオストクのほとんどの教会には司祭様が在住しておらず、教会の掃除などをするおばあさんが近くに住んでいて、いつも教会界隈で見かけるていどです。極東大学前の教会では、イコンや聖書を売っているキオスクがあり、その売店のおばさんが教会前の枯葉掃除をしたり、ゴミを捨てていく不届き者を叱り付けたりしていました。

 市内の陸の中腹に修道院があり、ここに司祭様や修行中の僧侶が住んでいるようで、行事のときに教会に赴いてくるようです。

 日本では新しい建物を建設する時など、神主さんを呼んで地鎮祭をしますが、ウラジオストクでも見かけたことがあります。空き地に大勢人が集まって何かしているなと、自動車の窓から眺めました。「新しいビルが立つので境界から司祭様が来てお祈りしてもらっている」と説明を受けました。

 郊外には尼僧の修道院もあり、普段は病院の介護や孤児の世話、ホームレスの炊き出しなどで活躍しています。

 フランスのスタンダールの「赤と黒」』(Le Rouge et Le Noir)は貧しい木こりの息子が出世するために赤か黒を(軍人(赤)と聖職者(黒)の服の色)選択するのが賢明な時代(ナポレオン以後の王政復古の時代)、野心の成れの果ての聖職者や貴族などの支配階級の腐敗した姿が描かれていますが、帝政ロシア末期のロシア正教にも似たような一面があったと思います。崩壊、弾圧を経験して、今は新しく再構築の次代ですが、何事も権威にしがみつき、余計なものまで見につけるようになると、時代の歯車は同じ道をたどるものです。

06.5/10