クール・ビューティー

 トリノ冬季オリンピックで日本唯一の金メダルを取った荒川静香選手は、国外のジャーナリストに「クール・ビューティー」と呼ばれています。確かに凛とした態度であまり喜怒哀楽を表情に出さないと言うのか、読み取りにくい表情をしていると思いますが、私には「クール」よりは「厳しい」と写って見えます。

 クール・ビューティーと表現するなら、私には旧ソビエトや東側諸国の選手はみんなそのように見えました。体操でルーマニアからナディア・コマネチ選手が出てきたときに「なんて冷ややかな表情をしている選手だ!」と思いましたが、その後、ソビエトから出てくる選手など「人間味が感じられない」ほど冷たく見えたものです。

 日本人だって喜怒哀楽を表現しますが、その表現方法が外国人とは異なるので、「無表情」と思われるように、ロシア人だって喜怒哀楽の表現は日本人以上に表に出します。でも、どこかしら冷めたような冷ややかさを感じます。

 バレエなどの芸術や体操など表現を競う競技では圧倒的に強い国なのに、男女間での表現はホームとアウェイでは採点法が異なります。せめて、喜んでいるのかそうでないのかだけでもわからないものかな?と戸惑うことも多いです。日本人もYesNoをはっきりしないので、向こうから見れば「信用できない」と見えるようですから、目くそ鼻くそを笑うかもしれません。

 「ロシア的憂鬱」「ロシアン・ビューティ」などと、ロシア女性の美しさを讃えますが、それは暗く、どこかしら一歩離れて遠くを見ているような表情や、哀愁を漂わせる物憂げな表情で、寒い曇り空のような重さを持っている美しさが惹きつけるのかもしれません。悪い言い方をすればスカしていて、自分からこちらに踏み込んでこないので、いらだったり、嘆いたり振り回されます。

 おばちゃんになるとまったく別の人種になって、人当たりがよくおせっかいでお人よしで感情が脂肪になってエネルギッシュで、どこの国でもおばちゃんは共通です。

 母親やおばあちゃんは何であんなに気さくなのに、娘はとっつきにくいのだ?家族に会えば大方の人が感じて、つぶやくことでしょう。人生経験で身につけた強さが「警戒心」や「虚栄」を取り去っていくのでしょう。国際カップルでも、結婚して良い家庭ができていくほど、「ロシア的憂鬱」は影をひそめて、心も体型もおばちゃんになって行くものです。幸せが明るさを招くのか?明るいから幸せになれるのか?笑う角には福来る!

 ウラジオストクの男性スタッフと、郊外のサナトリウム近くの森の中でバーベキューをしていたときですが、近くに海岸がありそこでのんびりしている家族もいました。海岸と森の間にはシベリア鉄道の線路があり、線路の周囲には柵もありませんでした。

 下の海岸で遊んでいた家族の5−6歳の子供が森のほうに上ってきて、線路の近くに来たら列車がやってきました。私は”シベリア鉄道が来たなぁ”と眺めながら串焼きを焼いていましたが、突然男性スタッフが走り出して線路を飛び越え、その子供を抱き上げ、このときになって初めて”あ!あのまま歩いていれば線路で電車にはねられたかもしれない!”と気がつきました。とっさに判断できなかった自分も情けなかったけれど、日ごろのほほんとしている彼がこういうときに本領を発揮する姿を見て”能ある鷹は爪を隠す”とはこういうことなんだなと尊敬しました。

 電車が通り過ぎると、子供の母親が半狂乱になってこちら側に走ってきましたが、取り乱すロシア人を見る機会も稀です。男性スタッフは母親に一言二個と怒らないように言いくるめると、そのままいつもの表情で戻ってきて、何事もなかったかのようにクールに焼肉を食べていました。”差をつけられたな”としみじみ感じてしまいました。

 サバンナのライオンとシマウマではありませんが、肉食動物が草食動物を襲撃する時はかく乱してパニックを起こして、群れから離れた個体を狙うのが常套手段で、戦場でも冷静さを失ったものが弾に当たりやすいそうです。

 突発でキな判断力以外でも冷静さを要求されることはあるものです。登山などでも、冷静さを失うと山に飲み込まれるもので、疲労凍死する登山者などおよそ考えられないような行動をとっていることは良くあります。天候の変化などで動けず沈滞していることは不安と苦痛で、この後の予定など気をせくことばかりですが、この程度の慢性的な重圧でも稀に自暴自棄になる者もいます。

 ソビエト崩壊の経済混乱期に自分を見失ったものは「冬の寒空に淘汰された」と言いますが、生きられるものが生き残る厳しい現実を否定していないからかもしれません。

 災害訓練なども日本と異なるので、天災ばかりが襲ってくるわけではありません。有事の際はロシア女性の後についていけば安全かもしれません。ただし、地震を経験した人は少ないので、カムチャッカやサハリンに住んでいた人でなければ頼りにならないでしょう。

06.5/19