能面暗面
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あくまで個人的な印象ですが、ソビエト人とロシア人の違いは何かと考えると、顔の表情の有無ではなかろうか? ソビエト時代はノーメンクラツーラと呼ばれた共産党の特権階級のための国で、下々の市民が反乱を起こさないように相互監視・密告させていtのですから、安易に他人に本音など離せない時代が長く続きました。 ソビエト時代は外国人と接したり話をすることが許されていなかったので、興味を閉めすどころろか見てみぬふりを決め込まざるをえなかったわけですから、時代的な状況も違いますが、ソビエト時代は”なんて冷たい能面のような暗い顔をした人たちだ”と感じたものです。 おそらく、初めてロシアに行く人たちが最初にロシア人と接するのは飛行機の中だと思いますが、パーサーも以前と比べると愛想が良くなって入るものの、その表情には笑顔がなく、事務的な喋り方に冷たいと感じるかもしれません。 日本語ができるロシア人、特に女性の喋る日本語は抑揚がなく、口の先っちょでヒュルヒュルと一本調子に喋るので、国生さゆりの下手な演技と台詞回しよりも心や感情が感じられない喋り方に感じてしまいます。 口から出てくる言葉、顔の表情、身振り手振りなど微妙に私達とはフィーリングが違うので、何を言わんとしているのか真意が計りかねて困惑することも良くあります。 打ち解けてくると表情豊かな人間性を感じられるようになりますが、今度はあまりにもその喜怒哀楽の振幅が大きくて”どうすればいいのだ?”と振り回されることになります。 顔の表面積なら日本人は圧倒的に大きいのですが、目や鼻や口などのパーツの大きさがぜんぜん違います。ちょっとした口元の変化などで表情が大きく変わったように思えてしまいます。表情が感じられないよりはありがたいのですが、これはこれで扱いにくいものです。 ”顔色をうかがう”と言うことは好ましいと受け止められないように思われますが、それは言葉の上でのことで、実際、相手の表情を見てGo・Stopを判断したり舵取りを決めることは良くあるものです。 言葉と言う道具が役をなさない時には、表情や身振り声の調子でで相手を察することは大きな手段になります。複雑な語彙を持たない子供が大人の表情や動きを察知して、何を言わんとしているのか体で察知するように。 言語の違う外国と接することが少なく、身近な社会の中で緻密な付き合いをしてきた、日本人ほどこうした手腕に長けている民族はいないと思うのですが、これも外国人から見れば微細な表情の変化を読み取る訓練ができているからかもしれません。 ”何を言いたいのだろう”と悪意はなくてもついつい視線が鋭くなってしまいがちですが、ロシア人は”腹を探られている!と察すると急に態度が冷たくなります。 ”罪状なんて後からいつでも作り出せる”ソビエト時代を経験しているので、”相手の腹のうちを探る”ことは悪意以外の何物でもないのですから恐怖を感じるようです。こうした感覚の違いは存在しています。 しばしば私達は信頼関係もないまま、必要以上に相手の領域の土足で踏み込むようなあやまちを犯しがちで、相手を理解したいがためのことで、悪意があろうがなかろうが、嫌われることだけは必然です。相手の腹を探る前に自分を主張して理解してもらうことが優先です。 日本人同士の付き合いなら、お互いが相手の立場に立って物事を理解しようとするので、”言わなくてもわかるだろう”と言う前提で成り立つものですが、相手が外国人ですとそのつどそのつど状況が違うので困惑します。少なくも”わかってもらえるだろう”と言うこちらの安易な依存は期待できません。 ”意思の疎通”は簡単でもあり、難解でもあります。言語がいくら堪能でも相手を理解しようとする能力が欠落していれば言葉遊びにすぎません。 05.10/28 |