ムーサ

 音楽(Music)ミューズの技術、美術館(Museum)ミューズの神殿の語源はムーサ(musa英語ではミューズ)と呼ばれるギリシア神話の9人の女神達。

 9人の女神達にはそれぞれの担当があって、叙事詩オルフェウスの母カリオペ、抒情詩のエウテルペ、歴史のクレイオ、悲劇のメルポネペ、恋愛詩のエラト、合唱と踊りのテルプシコレ、喜劇のタレイア、音楽と幾何学のポリュヒュムニア、天文学のウラニア。

 この9人の女神達は万能の神ゼウスと、記憶の神ムネーモーシュネーの間に生まれた9姉妹だそうで、「文化」と呼ばれる事柄をつかさどる神々です。それぞれ担当が決まり分業制になったのはローマ時代になってからだそうです。

 芸術や学芸に秀でた人はその出自に関係なくムーサの女神達が光臨してひらめきを与えるのだそうです。ムーサが手を貸すのは身分の上下を問わず、知恵と技能を武器に孤独の中で努力をしている者達。”才能が”などと自分に言い聞かせて待っているだけの者に光明などさすはずもありません。

 ただ、基本的に女神なので逆らうとしっぺ返しもあります。

 マケドニアのピロエス王の9人の娘達が歌で武佐に張り合おうとして負けカササギに姿を変えられてしまったり、”音楽ならムーサなんかに負けないと宣言したトラキアのタリミスに対してその視力を奪い歌と竪琴の技も奪ってしまうなど、おごれるものには手痛いしっぺ返しを食らわす女神達です。

 折れたタバコの吸殻であなたの嘘がわかるのよとばかりに、この女は俺のものさと男の慢心を察したとたん女性の報復が始まりますので、敬意を持って正面から向かい合う努力は怠れません。

 ロシアでは冬に備えて蓄える季節が秋ですが、日本は芸術の秋、あるいは文化の秋と、物思いにふける季節です。この秋もロシアからバレエや音楽などさまざまなムーサの弟子達が来日しました。

 一見華やかな世界に見えますが、その裏側は厳しい競争の世界で身を削るような努力をして勝ち上がってきた者達です。才能を見出された者達は、幼い頃から親元を離れ、サンクトペテルブルグやモスクワの専門教育期間で鍛えられます。お嬢様の芸事の延長線とはわけが違います。

 本国ロシアでもめったにお目にかかれないムーサの頂点たちが日本では比較的簡単にお目にかかれるので、お近くにロシアのアーティスト達が来たら是非足を運んでみてください。

 パブロ・デ・ピカソが真理をついたこんなことを言っていました。

 ”あなたは自然を愛しているか?と問えば、多くの人は自然を愛していると答えるだろう。しかし、自然を理解しているか?と問えば、理解していると答えられるものは多くないだろう。同様に、あなたは芸術を理解しているか?と問えば多くの人は芸術を理解していると答えるだろう。しかし、芸術を愛しているか?と問えば愛していると答えられる人は多くはないだろう”。

 文化も似たような性質があるものだと思います。文化を理解しようとつとめる人は多いでしょうが、文化を愛すことはなかなかできないものです。

 国籍なんて関係なくそれぞれの人がそれぞれの生きた環境の中で身についた「文化」があり、人と付き合うということは大なり小なり異なる文化との遭遇をしているわけです。結婚なんて相手にまとわりつく文化を含めて愛して成り立つもので、異文化の融合の中で苦心していれば、ムーサの女神達がひらめきと力をかしてくれて新しい文化がまた生まれていくものです。

 芸術や科学ばかりが文化ではありません。恋愛だって文化ですし、そこからまた文化が生まれてくるものです。

05.11/23