モスクワ郊外の夕べ

 かつてソビエト時代にはラジオのモスクワ放送の、現在はラジオモスクワの声のコールサインに使われていた”モスクワ郊外の夕べ”。ラジオをつけていると30分ごとに冒頭の四小節のメロディーが流れ、時間が0分か30分になったのがわかります。

 ”モスクワ郊外の夕べ”はロシア民謡ではなく、ソビエト歌謡です。1956年ワシリー・ソロビヨフ セドイの作曲、ミハイル・マトゥソフスキーの作詞で世に出た曲です。

 1957年の第6回世界青年学生平和友好祭をきっかけに世界中に広まった歌で、USAではジャズにアレンジされて”Midnihgt in Moscow”として流行しました。

 各国から集まった青年たちがモスクワを去るときの心情に大きく訴えかけるものがあったのでしょう。

 以前、中国からモンゴルのウランバートルに向かう列車の中で出会ったモンゴル人と、ロシアの歌を歌いながら一泊二日の列車の旅を過ごしました。このとき、モスクワ国立大学に留学した経験を持つモンゴル人のバートル氏が、”Подмосковные вечера”の歌詞は5番まであると言っていました。

 5番目の詞はまだ見つけていないのですが、4番まで歌った後最後にもう一度1番の歌詞を歌うので5番まであると言われるのだろうと私の周囲では言っています。

 通常1.2.4番が歌われることが多く、3番はあまり歌われていません。ラブソングの要素が強すぎるためでしょう。でも、この3番の詞がいいんですね。

 夏の今頃の季節に合うラブソングですが、心の通じ合う人とめぐり合えて、立ち去る時の心情は複雑です。翌日からの仕事がなければそのままウラジオストクに残りたい心残り、この歌の心情がズシリと響くものです。

 夫婦喧嘩で向こうが激高して顔を低く下げ上目遣いでこちらをにらみつけている時に、3番の詞を朗読したらマジであきれたようで、「カシマール!(最低!)」を連発しながら寝室で篭城をはじめられたことがあります。

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Подмосковные вечера

 

モスクワ郊外の夕べ

 

Не слышны в саду даже шорохи,
Все здесь замерло до утра.
Если б знали вы,как мне дороги
Подмосковные вечера.
Если б знали вы,как мне дороги
Подмосковные вечера.
 庭の木の葉のそよぐ音さえ聞こえず
 ここでは全てが朝まで静まりかえる
 もしあなたがわかってくれるなら
 僕がどんなに愛しく思っているかを
 モスクワ郊外の夕べを
 

Речка движется и не движется,
Вся из лунного серебра.
Песня слышится и не слышится
В эти тихие вечера.
Песня слышится и не слышится
В эти тихие вечера.

 川は動くようにも動かぬようにも見える
 一面月の銀色がしきつめたようだ
 歌は聞こえる要でもあり聞こえないようでもある
 この静かな夕暮れ時に
 

Что ж ты, милая смотришь искоса,
Низко голову наклоня.
Трудно высказать и не высказать
Всё, что на сердце у меня.
Трудно высказать и не высказать
Всё, что на сердце у меня.

 愛しい人よ、どうして横目で見るの?
 低く顔を伏せて
 僕の心に秘めた全てを
 言い尽くすも言い残すもつらいこと
 

А рассвет уже всё заметнее.
Так, пожалуйста, будь добра,
Не забудь и ты эти летние
Подмосковные вечера.
Не забудь и ты эти летние
Подмосковные вечера.

 朝焼けがもういっそう明るさをましてきた
 それじゃあ、君よどうかお願いだ
 忘れないでおくれ この夏の
 モスクワ郊外の夕べを

05.8/7