縁
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海の向こうに至るまで、何回か国内でお見合いをしました。紹介してくれる「仲人?」さんは「ここから先は若い二人で・・・」に始まり、「縁がなかったということで」に帰結するお決まりのパターンを何回も経験しました。 「円」が100円を切っていた時代に「エンがなけりゃシャレにもならん」と笑いながら腹だっていました。 日本の古典文学には枕詞があり、たとえば”ぬばたま”なら”黒”や”闇”につながり、”たらちね”なら”母”、”あしびき”なら”山”や”峠”、”空蝉”なら”人”や”命”。わずかな言葉のつながりの極先に枕詞を置くことで次につながる言葉を連想させ、期待させ、想像させ、なんて優雅で麗しい言葉の遊びだろうと心を躍らせてくれるものです。 ”いい人なんだけど”、”すばらしいお話ではありますが”、”思いもしない巡り会わせではございますが”、”稀に見る個性をお持ちの方ではありますが”など、古文の辞書には出てこない現代の枕詞は”縁がなかったということで”に帰結します。この枕詞のわずかばかりの間に次に訪れる後ろから棍棒で殴りつけるような”縁がなかったということで”を予感させます。 歪曲した言い方しないで「デブの出る幕じゃねえんだよ!」とか「変わり者で付き合っていられないってよ!」と言ってもらうのも心地よい気がしますが、「縁がなかった」とは 自分の至らなさと向かい合わずにすむ便利な言葉です。 メールを翻訳する時この「縁」には苦しめられます。あまりにも言葉の持つ幅が大きすぎて該当する言葉を見出せない日本独自の感性にあふれているからです。その状況に近い具体的な言い方に変えて理解してもらうよう苦心しています。 「結婚」と「縁談」がリンクする日本ですが、いまや時代は当人の意志なくして「結婚」も成り立たないご時勢。お見合いといってもきっかけの提供で、その実は当人の意志と実力の世界ですから「何で結婚しないの?」と聞かれるたびに、「自らの容姿と職場の給料不足で、女性に相手にされないから」と腹のそこで思いつつも忸怩たる思いで「縁がなくってねえ」と言わねばなりませんでした。 そんなことをしているうちにいつの間にか「縁」という便利な言葉が自己弁護する言い訳になってしまっていて、自分が悪いのではなく縁がないだけだと自分自身を慰める言葉になってしまっていました。 世界の中で「この人」と選ぶのですから「縁」というのか「偶然」というのかきっかけはあったのでしょう。ただそのきっかけを作り出したのも引き寄せたのも自分自身の意思があってのことで、苦労してここに至りました!の言葉を飲み込んで「縁がありまして」とニヤけるのも快感かもしれません。 難しいことを考えなくてもさっさと結婚してしっかり家庭を作っている若者がいるのに、なんだかんだと言い訳しながら「縁遠い」のは、自分自身の結婚観に自己満足していただけで、相手のことなど本心から考えなかったり、自分に都合の良い相手とめぐり合えることを期待していた「打算」が見透かされていたのかもしれません。 さりとて「妥協」する潔さもなく、相手のあらを探して思うに任せぬ将来ばかりを思い浮かべて、成功するより失敗を恐れて腰が引けているような、頼りなくずるい男についていく女性などいるはずもありませんでした。 行動を伴わない「妄想」に縁が訪れるはずもなく、時と共に遠ざかるだけでした。「結婚」に旬があるとしたら「意志」と「行動」が伴った時で、漠然と「結婚」に「甘い妄想」を抱いて待っているような頃はまだその時ではありませんし、その状態で「結婚」という形だけを満たしたところでろくなことにはなりません。 そういう意味ではお見合いはきっかけ後は自らの力という昨今の結婚事情は、結婚しにくい状況かもしれませんが、より本質や中身を問われる時代になったともいえるでしょうし、同時に、「結婚」という社会的な約束事が拘束力を持たなくなったことで、人間的な魅力が重要になってきた時代だと思います。 海の向こうに出てみると日本での肩書きも社会的な地位なども意味を持たず、人格の奥深さが問われるので恐ろしくもあり、面白くもあります。外に出てみて自分の至らなさを垣間見ましたし、今までわずらわしくて逃げてきた人との関わりにも向かい合うようになった気がしています。「縁」がなかったのではなく、居心地が良すぎる環境で怠惰になっていただけでした。 少なくも「縁」という言い回しが通用しない相手なので、創意工夫や努力なくして幸せなどやってくるはずもありませんし、思慮の深さや行動力が問われるものです。 一部には「円」で成り立つ結婚もあるようですが、「円」の切れ目が「縁」の切れ目なのでこういう手合いは論外です。 案外「縁」なんて表面だけのきっかけなんかではなく、人と人とのもっとドロドロした関わりの中でうねっている物なのかもしれません。こうしたものと向かい合って上手に対処できるようになることが「大人になる」ことなのでしょう。縁のあるなしではなく縁を作り上げたかできなかったか?なのかもしれません。 05.8/16 |