良い旅
| ソビエト時代から数えれば、初めてロシアに行ってから23年。しかし、ウラジオストクに初めて行ったのはお見合いで行ったときでした。
軍港で外国人立ち入り禁止だったウラジオストクは、ソビエト時代にその存在を問うこともままならない時代もあり。”恐いところ”と言うイメージが身についていました。 ハバロフスクに知り合いがいて、ウラジオストクの話などを聞いてはいましたが、あまり良い印象はありませんでした。イルクーツクで知り合った極東大学出身のニコライ君にいろいろウラジオストクの魅力について教えられるまで、足を運ぼうと言う気はおこりませんでした。 お見合いに行くときは思いきって一週間の休みを取り、ウラジオストクを隅々まで見てやろうと出かけていきました。 独学で、多少のロシア語とキリル文字の読み書きはできるようになってはいましたが、心細いものでした。旅行会話集で、使いそうなセンテンスに付箋を貼り、飛行機の中でおぼえようと思ったのですが、時間が短くて機内では忙しくてそんな時間もありませんでした。 まず、空港が市街地から遠いこと。何かあった場合、どうやって一人で空港まで来られるか?など、市街地に行く道すがら想定したものです。初めて行く土地は未知の部分が大きいだけに不安はつきません。 未知の土地と言うより、知らない人ばかりの中に入っていく事には常に度胸が欠かせないものです。賞賛すべきことだと思います。自分がどこの誰なのかも知られていない場所で、自分のちっぽけな事を知ることも面白いものです。 ”地球の歩き方”などを参考にいろいろ事前にイメージを作るのですが、頭の中で考えたことと現実が違う事は良くあるものです。根が不真面目なのか、楽天的なのかこれもまた面白がっています。もっとも、こちらの思うようになれば私なんか独裁者にだってなりかねません。現実が異なることも大いに結構なことだと受け入れています。旅慣れると言う事は「こんなものだろう」と妥協する事をおぼえることかもしれません。 良い旅だったのか、悪い旅だったのか決めるのは自分自身に気持ちの持ち方で、私の場合、「良い旅」に導いてくれたのはいつもそこで出会った人たちでした。素朴なところに宝はあるものです。 いつもロシア(ソビエト)から帰るときに「こんな国二度と来るものか!」と思いながら帰ってくるのですが、帰国すると国や社会がどうのこうのではなく、向こうでであった人たちのことばかり思い出し、それがとらえて離しません。 05.5/5 |