われら

 エフゲニー・イワノビッチ・ザミャーチン(1884〜1937)が1920年に書いた小説に”われら(МЫ)”と言うSFチックな作品があります。ソビエトでの出版は許されず、1927年にチェコで出版しました。

 レーニンの批判をした小説として当局に目をつけられ、ザミャーチンは1932年にフランスに亡命しました。ソビエト本国で紹介されたのもゴルバチョフのグラスノスチ以降の1988年のことです。この小説が描かれた時代はまだナチズムもスターリニズムもなかった次代でした。

 ソビエトを痛烈に批判した小説には英国のジョージ・オーウェルが書いた”動物農場”がありますが、”われら”はボルシェビキに加わり、革命運動にも参加したソビエト市民のザミャーチンが、国家が異常に発達した力を持ち(ソビエトの社会体制)と異常に発達した力を持つ世界(西欧の技術)が融合した世界を想像し、痛烈に皮肉った作品です。

 超合理的で全体主義の国「単一国家」に住む主人公の名前はD503号。小説はこのD503号の手記です。国民は全て「員数成員」番号で呼ばれ、行動は時間律法表で決められ、自由であることは野蛮なこと。

 プライバシーなんてものは存在しないどころか排除すべき対象。国民の住む住居はガラス張りで外から見えるようになっており、性生活も国家の管理下にある。「恩人」と呼ばれる独裁者のもと「守護者」と呼ばれる秘密警察に監視され人々は生活しています。

 単一国家は「緑の壁」と呼ばれる障壁で外界と遮断された都市国家で、一切の自然や動植物を排除し無菌の世界を作り上げていました。

 D503号は模範的な国民で、仕事は宇宙船「インテグラル」の建造技師。この単一国家をユートピアだと信じて生活していました。

 模範的国民D503号に変化が訪れます。女性の国民I330号です。I330号は「緑の壁」の外の世界の人々と手を結び革命を起こそうとしている組織「メフィ」の一員。D503号はこのI330号に恋をしてしまうわけですが、これはつまりこの国では「病」とされる「魂」が宿ってしまったことでした。

 I330号は公然と反旗を翻し革命運動に突き進み、D503号が建設している宇宙船「インテグラル」を乗っ取ろうとD503号を誘惑します。一方「単一国家」は人間の想像力を奪う手術を開発し、革命分子を一掃しようとします。

 北の将軍様や各独裁国家を思い浮かべる人もいるでしょう。私は昨年までコミック雑誌スーパージャンプで連載されていた徳弘正也の「狂四郎2030」などこの”われら”をモチーフにしていたのではなかろうか?と思っています。

 今の時代の感覚で読んでも面白い未来小説かもしれません。将来が悲惨な状態になっているのでデストピア小説と言うのだそうです。

 チャップリンの「モダンタイムス」も現代を皮肉っているような先進性がありますが、”われら”にしても作者が時代を読んでいたのか、私たちがその時代をなぞってしまうのか、この小説ほど猟奇的ではありませんが、同じようなおろかさは現在私たちの生活や身の回りにもあります。

 ”われら”の原題”МЫ”は英語で言うなら”We”です。実はこの”МЫ”と言う言葉でいつも気になることがあります。私たちのパートナー世代は「私は」と言う感覚で単数形の”Я”を使いますが、ソビエト経験の長い親の世代は「私は」ではなく「私たちは」と言う言い方をするので複数形の”МЫ”がとても多く耳につきます。やはりソビエトには個人はなく全体を優先した国だったのだなと考えてしまいます。

 日本語で「私は」と「私たちは」を実感するのはフォークソングで、カレッジフォークなどと呼ばれたフォークソングの出始めの頃から岡林信康などの反戦フォークソングの時代は「私たちが望むものは」など「私たち」でした。ちなみにカレッジフォークの時代には良く用いられていた「若者」と言う表現は、反戦フォークの時代になると影を潜め、最近は死語に近い言葉です。

 学生運動を尻目にデートに行く傘がないことを案じている井上陽水やかぐや姫などの四畳半フォークの時代になると「私は」の単数形になります。「若者」→「私たち」→「私」歌う世界の対象が限定されるようになり、「公」から「個」そして「私」と時代が変わっていったことを感じます。

05.1/15