二つのカチューシャ
| 日本の小中学校の合唱では「ともしび」や「すずらん」「トロイカ」などのロシア民謡やソビエト歌謡がよく用いられます。あるいは、日本人のほうがロシア人よりロシア民謡に親しんでいるかもしれません。
日本には二つの「カチューシャ」があります。ひとつはロシアはじめその周辺国でもよく唄われている。イサコフスキー作詞の♪リンゴに花ほころビィ〜♪のカチューシャで、人が集まれば宴になり。宴になれば必ず飛び出してくるほど人々に愛されている歌です。 ソビエト崩壊以後、つい2年前までロシア国歌には歌詞がなかったのですが、国歌の代わりにカチューシャが唄われているといわれるほど愛されている歌です。(現在のロシア国家は昔のソビエト国歌の歌詞を変えたものになっています) さて、もうひとつの日本だけのカチューシャとは♪カチューシャかわいや別れのつらさ♪(作詩 島村抱月・相馬御風 作曲 中山晋平)と唄われる大正時代(大正3年といわれています)の歌で松井須磨子の唄で広く知られました。レフ・トルストイの小説「復活」が日本で演劇として上演され、その劇中歌として作られた歌です。 無実の罪でシベリア送りになる娼婦のカチューシャ(エカテリーナの愛称)の健気な心意気が日本人の心をえぐり、日本国内で大流行した歌です。貧しい小間使いの娘カチューシャを手篭めにして娼婦へと貶めた公爵の息子ネフリュードフの後悔と償いへの尽力やがて知る彼女への愛情など長い小説ですが、読み応えがある小説です。 ソビエト歌謡であるイサコフスキー作詞・ブランテル作曲の「カチューシャ」は社会主義革命以後の歌で、1938〜9年ごろに作られた歌です。二つの「カチューシャ」を題名とする歌としては日本のカチューシャのほうが古いことになります。 岸辺で歌を歌いながら国境警備に赴く兵士(恋人)からの便りを待つカチューシャと、恋しい彼女のことを思いながら国を守る兵士を描いた歌です。 徴兵とは無縁ではないロシアですから、恋人とはなれて兵役に付く若者も多く、心情的には今も通じるものがあるでしょう。 イサコフスキーの作詞による有名な歌に「ともしび(ロシアではアガニョークといいます)」があります。♪夜霧のかなたへ別れを告げ♪で知られるコーラスの定番ですね。これも前線に発つ兵士を見送る少女の姿と、故郷のともしびを守るために戦う兵士の歌です。 「ともしび」はもともとあったロシア民謡にベラルーシの民族詩人イサコフスキーが詩をつけたものだといわれています。カチューシャを作曲したブランテルがイサコフスキー作詞の”ともしび”にも作曲をしているそうですが、こちらのほうはどこかに埋もれてしまっていて知られていません。 日本でロシア民謡が広く知られるようになったのは戦後のことで、一頃は労働者運動のBGMでさえありました。主にシベリア抑留を経験した日本人が社会主義思想と一緒に日本に持ち込んだのですが、哀愁を帯びたメロディーラインは日本人の心情にもなじみやすいものでした。 驚くべきことに、「カチューシャ」や「ともしび」のような歌が兵士の間で歌われていたことで、当時の日本なら戦意を消失させるとご禁制になっていたでしょう。 ヤルタ会談で戦後の日本の処理をめぐってUSAがあいまいな態度を取っている間に、ドイツ戦を終えたスターリンはそそくさと兵力を東に移動し1945年8月8日一方的に日ソ不可侵条約破棄、8月9日極東アルセイニエフからスイフンヘイを超えて満州に侵攻。満州の日本人開拓団への大虐殺(と呼んでもいいでしょう)が始まります。 結果的に天皇制は継続になったのですからもう少し早く終戦の合意ができていたら北方領土はもとよりサハリンやアリューシャン列島、は日本のままだったかもしれません。ついでだから不凍港のウラジオストクと沿海州もソビエトの脅威を防ぐために日本にしてもよかったし、後の毛沢東の脅威を考えれば朝鮮半島と中国東北三省も日本にしたほうがよかったかもしれません。 冗談はさておき、捕虜となった日本人にすれば夜な夜なこのような情感あふれる歌を歌うソビエト兵が不思議に思えたことでしょう。当時シベリアに送り込まれたのはソビエトの中でも低いレベルの戦死要員の兵士ばかりで、略奪の限りをつくし、時計は読めない、勘定はできないと語り草になっていますが、全てがそうだったわけではありません。一部には時計が読めたり勘定ができる兵士もいたようです。 抑留から帰還した日本人や社会主義運動家によって歌声運動としてロシア民謡・ソビエト歌謡が広まる中、日本から逆輸入された歌があります。ウクライナの村歌だった「一週間の歌」で日本の研究家によって掘り起こされて、ダークダックスのモスクワ公演でソビエト市民が知ることになります。 ちなみに、このとき大うけしたのが日本の歌の掛け声です。「ホイノホイ」とか「ホイサッサ」「ホイホイホイ」などいろいろございますが、ロシア語式に言うと「フョーイ」に近い発音に聞こえます。下半身ネタですのでご想像ください。 |